空 中トンネル
ふと見下ろした廊下に、羽が落ちていた。
黒い、大きめのそれは、乳白色の廊下に、薄く灰色の影を映している。
両側が緩く反っている。根本近くの和毛。切り揃えられたかのような羽は、先端に行くに従って幅は細く、頂点部分は丸みを帯びている。
鴉だろうか。
やや手前で立ち止まって、屋内で不釣合いに野性の雰囲気を示す羽を見つめる。
何処から入り込んだのだろう。
片側は壁、もう片側に窓はあるが嵌め殺しだ。出入り口からは遠い。人の歩いた風圧に乗って此処まで運ばれてきたものか。
放っておけば良いのだ。
そのうちまた何処かへ運ばれていくだろうし、もしくは清掃業者が塵として処理するだろう。
近づくのを躊躇って、そして拾った。
ざわめきがする。
大量の何かが擦れる音。
上空に舞い上がり、散れる。
一斉に羽搏き、蒼穹を劈く。
何万羽とも知れぬ大群が一筋の黒い雲となって横切っていた。
鳥の群れ。
四方を見回しても空色で埋め尽くされている。
地に足は付いている。重力を確かに感じている。
それでも視界は大空の只中にあった。
手の届きそうな距離に翼がある。幾枚もが上下し、風を孕み、直往邁進している。同じように視界も移動する。群れの中に入ったり、風に乗せられるまま上方へ出たり、木の葉のように弄ばれる。
行き先は?
前を見据えれば、光に満たされて何もない。
いや、『光』があるのか。
この黒い鳥達は、『光』を目指している。
虚ろなる空を潜って、羽搏きを休むことすら知らず、ただひたすらに。
落ちていた羽。
彼らの名残。
飛び立っていったことを、誰に伝えるともなく。
残された者は理由も告げられず。
出口の先に何があるのか、それは出口に辿り着かなければ解らない。
――辿り着けるかどうかも。
行きたいか?(行きたいのか?)
ふわりと、風が逆巻く。
降下するエレベータに乗っているような落下感。
遥か彼方に鳥の群れはあった。
遠ざかるのはどちらか。
お互いに離れあっているのか。
そして見慣れた乳白色の床。壁。天井。
幻のトンネルは消えていた。
彼らの仲間には為り得なかった。
風に浚われて指先をするりと黒羽が擦り抜ける。